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2019年7月25日 : ニュース

男女共同参画基本法施行から20年 ④


(2019年7月3日熊本日日新聞参照)
 1999年の男女共同参画社会基本法の施行から20年。連載の最終回は、学生時代にバングデシュに渡って国際教育支援活動を始め、今は会社員として育児休業の体験記を寄稿するなど執筆活動にも取り組む税所篤快さん(東京都)に寄稿してもらった。
◇さいしょ・あつよし 1989年、東京都生まれ。2009年、早稲田大在学中の20歳の時、バングラデシュに渡り、国際教育支援活動をスタート。NPO法人「e-Education」創業者。15年からリクルートマーケティングパートナーズに勤務。著書に「失敗から何度でも立ち上がる僕らの方法」など。

育児経験 ささやかな進歩に

 僕が、育児休業を取得したのは息子が生後2カ月になろうとしていた昨年5月のことだった。先輩夫婦から産後クライシスの恐怖を度々聞いていた僕は、妻の妊娠がわかった時からビクビクしていた。ある調査では「女性の夫への愛情を感じる度合い」が妊娠期から、出産を経て2歳児ごろまでに急落していた。そんな折に、ある友人が「1年くらい育休とってみなよ」と勧めてくれた。
 育休が始まり、僕の最初の仕事は朝ごはんを作ることだった。29歳にもなって、味噌汁のひとつすら作れないことに気づき途方にくれた。これまでどれだけ人に頼り切って生活していたのだろう。料理アプリを確認しながら、お湯を沸かして、ダシを入れて、玉ねぎを刻んで、わかめを落とし、味噌をとかす。ひとつひとつの動作が新鮮だ。こうして、人間の当たり前の営みを覚えていった。
 他の仕事でも息子に翻弄されっぱなしだ。おむつの交換ではうんちで床を汚し、息子の沐浴ではお湯加減を間違えて、何度も、「ギャン泣き」を誘発した。夫婦二人での育休だったので、なんとか乗り越えることができたが、多くのお母さんたちはこれを一人でやっているのだ。僕は初めて育児の大変さを実感しながらも、育休の生活に順調に慣れ親しんでいったと思っていた。
 半年ほどが経過した年の暮れ、妻が家出した。家には、息子と僕が残された。育休をとっているのに、妻を家出させてしまうなんて愚行の極みだ。原因は完全に僕にあった。育休の中だるみ期に突入した僕は、友人たちと忘年会と称して夜の外出が増え、遅くに帰宅するものだから翌朝起きられない。朝に役立てないとなると育児では戦力外も同然だ。
 そんな日々が続き妻の堪忍袋の緒が切れた。置手紙には最近の僕の子育てや家事の関わりが少なくなっていることや、自分中心の在り方への抗議が的確に指摘されていた。1日限定で家出をすることで、怒りを静めてくるという。泣き叫ぶ息子と一緒に、置き手紙を一読した僕は神妙に1日を過ごした。
 ばっさりと髪が短くなった妻はその日の夕方に帰ってきた。僕は1日で帰ってきてくれたことに感謝した。それ以降の半年も様々なアップダウンはありながらも、なんとか第二の家出は経験しなかった。この4月、僕たち夫婦はそれぞれの会社に復帰し、息子は保育園に通い始めた。
 育児において男性と女性はアンフェアだなあと、つくづく実感した。僕は育児休業を取得しただけで色々な人から褒められた。「イクメンね。えらい」。しかし、妻が育休を取得して褒めてくれる人は皆無だ。
 会社に復帰するとワーキングマザーの方々の生産性の高さに目を見張る。彼女たちは、限られた時間のなかで当たり前のように成果を出すことが求められている。僕は育休体験をある雑誌に連載として綴る機会を得た。しかし、男が育休とった体験が連載企画になるなんて、「どんだけ珍しいんだよ」とツッコミを自分で入れたくなる。僕がどれだけ家事を頑張ったところで、妻の大変さを完璧に肩代わりすることはできないだろう。
 先日、ある人生の先輩に言われた言葉を思い出す。「半分くらい家事をしてるからって育児している気になっちゃだめだよ。お母さんは君の100倍大変なんだ」。僕にとって1年の育休は、ただ母親の役割の大変さの100分の1くらいを理解することができただけかもしれない。大いなる尊敬とともに。これは僕にとってささやかな進歩だった。
 いま、僕が思う男女共同参画社会とは、相手への想像力を広げる努力を続け、ささやかな進歩を積み重ねていく社会ではないかと思う。